ゆめが丘ソラトス座談会
2024年7月25日にオープンした「ゆめが丘ソラトス」。ゆめが丘周辺にある自然豊かで農業が盛んな地域資源を豊富に生かし、「食」「アクティビティー」「教育・文化」など、さまざまな体験ができる交流型集客施設として誕生しました。
このゆめが丘の新たな拠点のオープンを記念して、企画段階からソラトスの開発プロジェクトに携わってきたキーパーソンによる座談会が実現。当初の基本構想から、コロナ禍での方針変更、施設の隅々に凝らした工夫、そして施設を利用する住民の方々への期待まで、存分に語ってもらいました。その模様を前後編に分けてお届けします。
<座談会メンバー>
JTQ(株) 代表 谷川 じゅんじ ゆめが丘ソラトスの施設コンセプトから環境、施設名称などを総合的に監修 |
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(株)ケイオス 代表取締役 澤田 充 ゆめが丘ソラトスMD(コンセプト)の軸となる「食体験」について、コンセプトづくりからゾーニング、店舗を監修 |
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(株)相鉄ビルマネジメント 取締役 齋賀 幸治 ゆめが丘地区の区画整理事業から、ソラトス開発計画を歴任し、昨年より運営管理を担当 |
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(株)相鉄アーバンクリエイツ 事業開発部マネージャー 山本 栄市 ゆめが丘の開発コンセプトから開業に至るまでのプロジェクトマネジメントを担当。 |
(前編)「空の広さを全身で感じられる街に」ゆめが丘ソラトスが追求した首都圏にはない「ローカル」の価値
当初の構想は「屋上に牧場」だった?
澤田 この座談会があるということで、昨晩、昔の資料をいろいろ見返してみたんです。そしたら、このゆめが丘の開発プロジェクトについて相鉄さんから最初に相談を受けたのが2012年のことで。
齋賀 そんなにさかのぼりますか!
澤田 2013年2月に最初の報告書を提出していまして、泉区の地域資源である「農業」をキーワードにした「ゆめが丘ファーマーズスクエア」という提案をしていました。
山本 でも、その頃から「食」のコンセプトが入っていたんですね。実際には私が加入した2018年頃から本格的に基本構想を練るようになって、アメリカ全土を北から南まで視察して回ったこともありましたね。
齋賀 当時は域外から人を呼び込むために医療ツーリズムや大学誘致のアイデアもあったのですが、途中でまちづくりの原点に立ち返って、このゆめが丘に暮らす方々のライフスタイルに寄り添う商業施設を作ろう、と方向性を固めました。そこで改めて「食」にフォーカスしようという話になって、澤田さんに再度企画を依頼しましたね。
澤田 2019年5月に「ゆめが丘フーディーズパーク」という企画を提案しました。その企画書を見ると、屋上をドームにして牧場にする絵を描いているんですよ(笑)。今振り返ってもとんでもない提案をしたものです。
山本 いえいえ、そのおかげで「『食』をキーにした体験型交流施設」という基本的な方向性が固まっていきました。
「ここは相鉄ブランドのカギとなる施設ですよ!」
齋賀 ただ、そのタイミングで新型コロナウイルス感染症が蔓延し、世の中の状況が一変しました。
同時に、「これまでの常識が常識でなくなる時代に、今までと同じような商業施設でいいのだろうか?」という不安がありました。そのことを当社の役員に伝えると「それなら谷川さんにお願いしてみようか」と提案があって。
山本 そんな経緯もあって、谷川さんの事務所を訪ね、「施設のコンセプトやビジョンづくりから、一緒に考えてくれませんか」と。
谷川 覚えています。企画書に目を通して、たいへん失礼ながら率直な意見をお伝えしました。「こういう商業施設を作って本当にいいんですか? ここは相鉄のブランドという点でもカギとなる施設ですよ。だから、ほかとは違うものを作りましょう!」と。
山本 そうでしたね。でも内心、私たちの側ではプランがかなり固まってきていたので「いや、今からこれをひっくり返すのかぁ……」という思いだったんです(笑)。でも、本当に3カ月ぐらいでガラッと変えて、今の形にもっていきましたね。
齋賀 谷川さんには、施設の全体ビジョンから細かい設計まで作り込んでいただき、「ゆめが丘ソラトス」というネーミングまで一気通貫でやっていただきました。こうして完成したソラトスを見ていると、「あのとき、思い切ってひっくり返してよかったな」と思いますね。
「空が広い」は街の大きな資産価値
齋賀 あらためて、ソラトスのコンセプトづくりのプロセスについて、谷川さんにお話しいただけますでしょうか。
谷川 このゆめが丘周辺エリアは昭和50年代に開発されており、これから世代が入れ替わる時期に入ります。
その新しい世代を呼び込むには「この施設があるからゆめが丘に住んでみよう」と動機づけられる、これまでの商業施設にはない新しい価値が必要だと考えました。
その結果、浮かんだのが、買い物の目的がなくても「ヒマだなあ」と思ったらなんとなく足が向く、公園のような施設。そんなイメージを思い浮かべながら全体のコンセプトを固めていきました。
もう一つ活かしたいと思ったのは、首都圏にはない「コミュニティ」や「ローカル」の価値。この施設だけでなく、周辺の環境も含めたゆめが丘のローカルの魅力が、この街に暮らす価値になり、都心部と違うライフデザインができたらいいなと。
齋賀 当時はコロナ禍で、リモートワークなどの新しい働き方も普及し、人々が自分の住む街の地域資源に目を向け始めたタイミングでしたね。また、相直(相鉄とJR・東急による相互直通運転)が開業したことで、ゆめが丘というエリアの利便性も高まった。その大きな2つのトピックもいい追い風になりましたね。
谷川 ゆめが丘のような都心部からほどよく離れた街を訪れたときにいつも感じるのは、「空が広い」ということ。
建築家の槇文彦さん(2024年6月逝去)が代官山ヒルサイドテラスを手がけた際に、「あえてセットバックして容積を目いっぱい使わなかった」と話していました。その結果、空が広く見えるようになったことで旧山手通りの景観が向上し、周辺の価値がぐっと上がったそうです。
だから「空が広い」というのは、実はものすごく大きな価値で、街の大事な資産でもあるんです。だから、この施設の中を歩いてるときにも空の広さや季節の変化を感じられるような設計を意識しました。
澤田 おっしゃるように、ソラトスの屋上に上がったら空の広さも感じられて、富士山も大きく見える。これはものすごく大きな資産だなと思いますね。
谷川 ネーミングの際にも「空(ソラ)」という響きを使いたいと思いました。「ソラトス」は「空と暮らす」という言葉をそのまま縮めたものですが、その言葉どおり、空の広さを全身で享受しながら心地よさを体感できる街に、このゆめが丘がなっていってほしい、という願いを込めました。
(後編)「施設の使い方は、ここに住む人たちに提案してほしい」ゆめが丘ソラトスをあえて「余白」のある施設にした理由
スケルトン、曲線的な通路……「へんてこ」な施設にした理由
齋賀 谷川さんがおっしゃったコンセプトが施設の随所に反映されていて、従来の商業施設ではありえない、いい意味で「へんてこ」な施設ができたと思います。
山本 たとえばスケルトンの天井。ある会議の場で谷川さんが「スケルトンでいいじゃないですか?」と言って、その場にいた全員が「ええっ?」って驚いたことがあって(笑)。商業施設に長年携わってきた立場からすると、「商業施設にスケルトン」というのはありえないので……。
谷川 僕はインテリアの仕事も手掛けるのですが、スケルトンの天井はかっこいいですよね。クリエイターのオフィスなども天井床を外して中の構造をあえて見せていて、それがハイエンドさを演出しています。
山本 実際、出来上がった施設を見ると、それが一つのキャラクターになっている。テナントとして入居されるブランドの方々とも「外国の商業施設っぽい空気があるよね」などと話題になっています。
齋賀 あと、通常の商業施設のように効率を重視した直線的な通路じゃなくて、あえて少しわかりにくい通路にしている。各フロアでそれぞれ表情が違っていて、少し導線を変えるだけでまったく違う体験があるという空間にしています。
澤田 できるだけ曲線的に、ウォーカブル(歩きやすい)にしたことで、ナチュラルなイメージが生まれますよね。そもそも自然界に直線は存在しないわけですから。
谷川 「見通しがいい」「効率がいい」というのは、実は何度も行く身にとっては少し苦痛なところがあるんです。ちょっとした迷路のような適度なわかりにくさがあったほうが、訪れるたびに楽しさや発見があったりする。それが何度も足を運ぶ動機になるんです。
「コミュニティ」をコンセプトで終わらせない
齋賀 もう一つ、ソラトスのキーコンセプトが「コミュニティ」。その象徴として、館内の吹き抜けに「SORATOS ROOM」というスペースをいくつか配置しています。利用者の皆さんもそのうち「あれはいったい何だ?」と気づくと思いますが(笑)。
谷川 SORATOS ROOMは、いわば「民営の公民館」。そこがコミュニティハブになって地域の人たちが利用し、いろんな活動が行われることで多くの交流が生まれることを目的に設置しています。
澤田 商業施設開発でも「コミュニティ」はある種のトレンドワードにもなっています。だけど「コミュニティってなんですか?」と突っ込んで聞くと、そこには具体論がなくて「いやいや、これからはコミュニティですよ」みたいな(笑)。
でも、ソラトスでは「コミュニティ」という言葉をコンセプトで終わらせず、1レイヤー、2レイヤー深いところまで具体的に落とし込んでいる。SORATOS ROOMもそうだし、1階に設けたシェアキッチンの「SORATOS KITCHEN」もそうですね。
谷川 こういったコミュニティ機能はある種の「余白」であり、その「余白」は利用者の方々に埋めてもらうもの。私たちつくり手が押しつけるのでなく、ここに住む人たちがこの施設の使い方を提案してくれることを期待しています。
一例を挙げると以前、ある地域の施設づくりに携わったのですが、施設内に市民の人たちが利用できるパブリックスペースを作りました。地元の商店主が秘伝の技術を地域の人に惜しみなく教えるイベントを行いました。結果、秘伝の技術を確かめに市民の皆さんが感謝の気持とともにそのお店に出かけるといった地域循環が生まれました。
澤田 なるほど! 共感消費、応援消費という言葉もありますが、やっぱり関係性でモノは動くんですね。
谷川 その関係性を、テナントさんがサポートする形ができると、新しいCSR(企業の社会的責任)にもなり、今日のESG経営の文脈にもマッチします。[大堀1] そのような交流が増えることで、この施設全体が「生きている」状態をつくれれば、本当に今までにない商業施設のケースになりますね。
澤田 例えば「SORATOS KITCHEN」が料理教室だけでなく、キッザニアのように各テナントさんが講師になって子ども向けのワークショップをやってみるのも面白いですね。
谷川さんは「余白」と表現しましたけど、その「余白」にはいろんな住民の方が参加し、常に人の動きがあるので経年劣化しないんですよね。
パブリックスペースという「余白」からさまざまな関係性が生まれ、その関係性が経済活動に落とし込まれることで、サステナブルな商業施設の運営にもつながっていく。その舞台装置は、まずは作れたかなと思いますね。
谷川 ソラトスと行政が連携して、新しいまちづくり産業観光の形を官民連携のパッケージとしてつくれる可能性も大いにありますよね。
齋賀 泉区さんともそういう話をしています。ソラトスはゆめが丘駅直結だし、下飯田駅からも近いので、SORATOS ROOMを「第二の泉区役所」のような形でぜひ使ってください、とご提案しています。
地域の方々の「シビックプライド」が育まれる施設に
齋賀 ここに集まっている皆さんや、地権者の皆さんにも大きなご協力をいただき、2024年7月25日にソラトスは無事オープンしました。ただ、もちろんこれがゴールではなく、コンセプトを運用にどう落とし込んでいくかがこれからの課題になります。
澤田 ソラトスの企画書には「シビックプライド」(「地域への誇りと愛着」を表す19世紀イギリスで興った概念)のキーワードも盛り込みました。正直、けっこう大風呂敷を広げたなと思っています(笑)。でも、打ち出した以上は責任をもって取り組みたい。だから当社でもソラトスに常駐スタッフを派遣させていただいています。
齋賀 ソラトスという施設だけでなく、土地区画整理事業と一体で、地権者の皆さんとも一緒に取り組んできたからこそシビックプライドというキーワードが自然と入ってきたと思います。施設だけの話だったら、そういうところまで踏み出せなかったかもしれませんね。
谷川 シビックプライドも抽象的な概念ですが、平たく言うと、この街にいる比率が高くなっていけばいいと私は考えています。
イメージに近いのは二子玉川で、あそこの住民の方っていい意味で出不精で、あまり外に出ないんです。衣食住のライフスタイルを地域で完結させる努力をするので。
そういう、住民の方々が「粘り気」を持ってそこでずっと暮らしてる状態が、その地域に対する愛着の裏返しであり、シビックプライドの表れだと思っています。
コロナを機に、社会のネットワークのありようは大きく変わりました。二拠点居住や在宅勤務などといった新しいライフスタイルが定着し、これまで以上に都心部から離れたところで暮らすことが許容される社会になりました。
住んでいる街の魅力は、住んでいる人からしか広がっていきません、これからゆめが丘を居住地に選んでくれた人たちがシビックプライドを自然に言葉にして発信していくことで「ゆめが丘に住んでいる人たちの暮らしは楽しそうだね」というイメージが醸成され、5年、10年かけてじわじわ広がっていくのが理想ですね。
山本 ゆめが丘に暮らす方々が、ソラトスに親しみを感じてもらい、使い倒すくらい使ってほしい。そのことでシビックプライドが継続的に育まれていくような、そんな施設としてソラトスを運営しなければいけないと、あらためて身が引き締まる思いがしました。
齋賀 思った以上に盛り上がった座談会ですが、いったんここで終わりとさせていただきます。
皆さん、それぞれお忙しいと思いますが、1年に1回くらいはゆめが丘ソラトスに来ていただいて、定期的な意見交換をしたいですね。本日はありがとうございました。